文献抄読
痛覚変調性疼痛の背景にあるメカニズムとその臨床的特徴についての検討
(安野広三.心身医学 64巻5号 415-419,2024)
本記事では、上記文献を読んだ内容をもとに、痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)の背景にあるメカニズムと臨床的特徴について、整理・要約する。
痛覚変調性疼痛は、近年IASPによって定義された新しい疼痛概念であり、従来は心因性疼痛や非器質性疼痛として扱われてきた病態を再整理する枠組みである。本抄読では、特に中枢性感作、心理社会的要因、疼痛行動といった観点に注目し、臨床でどのように理解・評価すべきかを検討する。
文献
- 安野広三. 痛覚変調性疼痛の背景にあるメカニズムとその臨床的特徴についての検討. 心身医学. 2024;64(5):415-419.
痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)の背景メカニズムと臨床的理解
心身医学領域から見た慢性疼痛の再整理
はじめに
近年、慢性疼痛の理解は大きく変化している。国際疼痛学会(IASP)は、従来の侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛に加え、第三の疼痛概念として痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)を定義した。
本稿では、安野(2024)が心身医学の視点から整理した痛覚変調性疼痛の背景メカニズムを中心に、専門家向けに臨床的示唆を整理する。
痛覚変調性疼痛とは何か
痛覚変調性疼痛とは、
・明らかな組織損傷が確認できない
・神経障害を示す所見がない
にもかかわらず、持続的な痛みが生じる状態を指す。
従来は心因性疼痛や非器質性疼痛と呼ばれてきた病態の多くが、この概念に含まれる。重要なのは、痛みが主観的訴えにとどまらず、神経系の機能変調として理解されるようになった点である。
中枢性感作を中心とした神経学的背景
痛覚変調性疼痛の中核的メカニズムとして、中枢性感作が挙げられる。
中枢性感作とは、脊髄後角や脳内の侵害受容ニューロンの興奮性が慢性的に亢進し、通常では痛みと認識されない刺激に対しても過剰な痛み反応が生じる状態である。
具体的には、
・侵害受容入力の増幅
・下行性疼痛抑制系の機能低下
・グリア細胞の活性化による神経炎症
・慢性ストレスや睡眠障害の関与
などが指摘されている。
線維筋痛症、慢性頭痛、非特異的腰痛などは、この中枢性感作と強く関連する可能性が示されている。
社会的痛みと疼痛体験
社会的痛みとは、孤立、拒絶、不公平感などによって生じる精神的苦痛を指す。
脳画像研究では、前部帯状回や島皮質といった身体的痛みの処理領域が、社会的痛みの際にも活性化することが報告されている。
このことから、社会的ストレスが身体的疼痛を増強・慢性化させる神経学的基盤が存在すると考えられる。
臨床においては、患者の生活背景や対人関係、役割喪失といった社会的要因の評価が不可欠となる。
身体化という視点
身体化とは、心理的ストレスや葛藤が身体症状として表出する現象である。
痛覚変調性疼痛では、器質的異常が見出されないにもかかわらず、痛みが持続・増悪するケースが少なくない。
これは、痛みを単なる身体構造の問題として捉えるのではなく、心理機制として理解する重要性を示している。
疼痛行動と認知行動的要因
慢性疼痛では、痛みの訴え方や行動パターンそのものが症状維持に関与する。
これらは疼痛行動と呼ばれ、
・過度な安静
・活動回避
・薬物への依存
・周囲の反応による強化
などを通じて慢性化する。
さらに、破局化思考や恐怖回避信念といった認知的要因も、疼痛体験を増幅させる。
これらの視点は、認知行動療法や運動ペース管理の理論的基盤となる。
精神医学的要因との関連
うつ病などの精神疾患は、身体症状として痛みを呈することがある。
情動調整や報酬系、疼痛抑制系の機能変化を介して、疼痛ネットワーク全体に影響を及ぼす可能性が指摘されている。
そのため、痛覚変調性疼痛の評価では、身体所見のみならず精神状態の評価を含めた包括的視点が求められる。
臨床への示唆
痛覚変調性疼痛は、
・生物学的要因
・心理的要因
・社会的要因
が相互に影響し合う多因子性の疼痛である。
単一の治療手段では対応が難しく、
・適切な疼痛教育
・運動療法
・心理社会的介入
・必要に応じた薬物療法
を組み合わせた統合的アプローチが重要となる。
まとめ
痛覚変調性疼痛は、慢性疼痛を理解するうえで不可欠な概念である。
組織や神経の異常が見当たらないからといって、痛みを否定するのではなく、神経系の機能変調として評価することが、今後の臨床の質を左右すると考えられる。
個人的な所感
学生時代、疼痛の分類として学んだのはRSDでした。
理学療法士になってからはCRPS、中枢神経感作という言葉が使われるようになり、
現在では痛覚変調性疼痛という概念へと変遷しています。
名称だけでなく、定義も、評価の視点も、治療戦略も、時代とともに変わってきました。
正直に書くと、整形外科勤務時代には、
・再現性の取れない症状
・レントゲン、MRI、超音波検査でも説明できない症状
・交通事故外傷後に残存する症状
こうしたケースを前に、
・医師でも診断が難しい症状
・客観的所見に乏しい不調
を、結果的に心の問題として扱ってしまった経験があります。
上司や非常勤の大学教授に相談しても「分からない」という返答。
患者様が来院されるたびに、可能性を探り、
新しい文献を読み、
新しい検査方法を探し、
当時は習得していなかった徒手療法を学びに行く。
そのような日々が続いていました。
カンファレンスに挙げても、結論は出ない。
最終的には、医師から心療内科併用を打診される。
その流れを、目にしてきました。
私自身、これまでに40000件以上の臨床経験がありますが、
記憶に強く残っているのは、いつも良くならなかった方々です。
今の自分だったら、どう評価し、どう関わるのか。
ふとした瞬間に思い出すことがあります。
だからこそ、再現性を重視します。
安請け合いはしません。
開業後は、お客様を選ぶことができます。
※決して良い表現ではありませんが。
一方で、医療機関は患者を選ぶことができません。
日々、現場で戦っている医師、理学療法士に敬意を抱きつつ、
自分に何ができるのかを問い続け、模索し続けたいと思います。


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