理学療法士を目指した理由②

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高校デビュー?

晴れて志望校?に受かった私は意図せず進学クラスに籍を置くことになりました。
進学先は8クラス中、高校入試結果によって1クラスだけ進学クラスを設けていたのです。

ランクを下げた結果、意図せず進学クラスに編入され、何故か教科書と担当教員が異なりました。

英語で始まる授業、教科書が違う数学。
思っていたのとは違う!と思いながらもサッカー部に入学しました。

部活動紹介の時に長髪のバレーボール部をみて、
「格好いいなぁ」と思い、入部希望するとたまたま中学時代のサッカー部の先輩がバレーボール部にいました。

「正太郎が入る部活では無い!」
「お前はサッカーしかないだろ!」
と怒られつつ入部を拒否され、と華やかな?高校デビューは出来ませんでした。

他に行く事はなく他生徒より2週ばかり遅くなり、サッカー部の見学に行きました。
その際、もう1年生は練習に参加しており、意図せず私も練習に参加しました。
今でも覚えています。Tシャツがなくて参加できないと伝えたらYシャツでも参加できると言われたことを。

その日は1年対2・3年生の紅白戦です。
本当はFWが良かったのですが、高校入試と一緒。
不安だった私は中学と同じセンターバックを志望しました。
(今でも後悔しています)

しかし結果は、先輩を止めるわ、オフサイドトラップは決まるわの大活躍。
その場で1軍が決まりました。

またしても「思ってたのと違う!」と思いながらもやっぱり嬉しい。
最高のDWになろう!と安直に思っていました。

夢を忘れる


中学2年生の時に描いた夢は学校生活と共に薄れていき、
サッカーを中心とした生活となりました。

毎週月曜日は休み、火曜〜金曜日は練習。土日は練習・公式試合です。
バカ真面目な私は月曜日も自主練、朝は陸上部に混ざって自主練。
サッカーが楽しくて楽しくてたまりませんでした。

1年生ながらレギュラーになり、壮行会で体育館のスター時に立つ。
最高の気分です。まるで自分が有名人になったよう。

順調な毎日?を過ごしながら勉強面では、短期記憶が得意という点もあり、
進学クラス40人中10番以内、鼻に天狗状態です。

この時の私は、「理学療法士になる」夢は忘れていました。

突然の腰痛

順調でしかない高校生活。
しかし、甘くはありません。
高校生1年生の夏に座っていられない・立っていられない腰痛が起きました。

当時は病院に行く=練習をサボるという時代です。
顧問にも仲間にも言えません。明らかに動きが悪くなります。

しかし、誰にも言えません。

結果、授業中座れずに後ろで立ったまま聞く
座ったら一度、立てないまま過ごす

そんな日々でした。

幸か不幸か学園祭の時期と重なり部活動が休止となり、1週間ほど休むことができ、
おかげで腰痛は軽減しましたが、

顧問から
「お前は1年なのに怠けている。レギュラーから外す」と宣告され、
ボール拾いをすることになりました。

完治してない腰痛を抱えながらのボール拾い。
先輩からは「1年の癖にレギュラーになり生意気だ」
同級生からは「ざまぁみろ」
耳にしたくない言葉は得てして本人の届きます。

私自身はレギュラーだろうといわゆる雑用は積極的にこなしていました。
・誰より早く、誰より綺麗にボール磨きをする
・グランド整備は足跡がなくなるまで
・マネージャーが行うユニフォームの洗濯を先に行う

気づかれず部の為に行なっていた行動は誰にも気づかれず、
何故か嫌われるばかりでした。
(レギュラー以外の選手、マネージャーは私に気づいてくれていましたが…。)

キャプテンの指名

腰痛がなくなりつつボールボーイをしていた時、3年生のキャプテンが声をかけてくれました。

「お前が腐ってどうするんだよ」
「お前の代はお前がキャプテンで決まりだろう」

普段は寡黙かつ物静かで怖いキャプテン。
でもその一言は今でも忘れません。

「負けたてるものか」
「すべての夢を叶えるんだ」

再燃した私は、さらに努力するようになった結果、学年キャプテンに指名されレギュラー復帰を果たしました。
あの時の言葉は今でも覚えております。キャプテン、ありがとう。

理系クラスへの進級

私が学校を選んだ理由は「不安」や「両立」だけではありません。
進学校ではないものの「理系クラス」があったのです。

1年の成績は5段階評価で4.3ほど。悪くはありません。
2年進学時に目的の理系クラスを志望します。
理学療法学科に必要な科目が学べるからです。

2年次もレギュラーかつ年代キャプテンです。
体育祭・学校祭も楽しい、サッカーの成績も悪くない。
成績も上がり理系クラス2番目をキープ。全て順調でした。

脛骨疲労骨折

人生、順風満帆とはいきません。
高校3年生の練習試合の前ウォーミングアップ、1対1でボールを投げてもらいインサイドで返すというものがあります。(サッカー部あるあるですよね)

その時に足に電撃が走り、立てなくなりました。
実は高校2年生の時にキーパーと衝突した際に痛めていたのです。

レギュラーを奪われたくない
サボっていると思われたくない
キャプテンを外されたくない

そんな一心で誤魔化してきましたが、その時、爆発しました。
痛すぎて立てない。涙も止まらない。動けない。

私は中・高皆勤賞です。一回も部活を休んだことも手を抜いたこともありません。
だからこそチームメートやマネージャーが集まります。

「正太郎!どうした!?」
「先輩、大丈夫ですか!?」

声をかけらても動けません。

そんな状態の時に顧問が言いました。
「立て!お前に出て貰っているんじゃない、出してやっているんだ!!」



時代ですよね。
「すみません、立てないです」しか言えませんでした。

その後は、顧問から
「お前のような奴は歩いて帰れ!」(私の高校まで20km以上です)
と言われ、歩いて帰ろうとした時に温厚な副顧問が激昂し、

「正太郎が今まで一度でもサボりましたか!?」
「こいつはずっと痛いのを我慢してチームの為にやってましたよ!」
と反論して下さり、副顧問の車で整形外科に行きました。

レントゲンの結果、「左脛骨の疲労骨折」
医師からなぜここまで放置していたと。全治1〜2ヶ月。最後の高体連に間に合いません。

泣きながら謝罪する副顧問。
謝罪する事はない顧問。
訳が分からない私。

地獄のような瞬間でした。



おー。
長い!!
そのくらい高校生は私の人生に影響しているのでしょう。
もう少しお付き合い下さい(笑)

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